2751年(令和733年)9月1日
基本情報
曜日
土曜日
旧暦
2751年7月20日
元号
令和733年
六曜
友引
「凡事勝負なき日」。朝晩は吉、昼は凶。葬儀を避ける習慣がある。
干支
戊戌
五行: 土
納音: 平地木
戊戌(つちのえいぬ)。堅固な日。建築・土木に吉。
祝日
該当無し
七十二候
末候
蒙霧升降
ふかききりまとう
深い霧が立ち込める
雑節
該当無し
次の雑節: 二百十日 (1日後 — 09/02)
本日の吉凶
💰 金運
中吉
💒 婚礼
大吉
✈️ 旅行
小吉
🏠 引越
中吉
🏪 開業
中吉
🏗️ 建築
中吉
カーソルを合わせると詳細表示
2751年9月の吉日カレンダー
選日
◎母倉日
母が子を育てるように天が人を慈しむ日。婚姻・建築に特に吉。
天文データ
オハイオ州コロンバス
(IPv4)
現在地で計算
太陽
| 太陽の黄経 | 148.814° |
| 日の出 | 00:00 (方位 122°) |
| 日南中時 | 02:33 |
| 日の入り | 09:06 (方位 282°) |
| 昼の長さ | 9時間06分 |
朔弦望
🌗
下弦
9/4
3日後
🌑
新月
9/12
11日後
🌓
上弦
9/19
18日後
🌕
満月
9/27
26日後
月
居待月
🌗 下弦まであと3日
| 月の黄経 | 20.343° |
| 月齢 | 18.665 |
| 月の輝面比 | 0.810 |
| 月の出 | 10:23 (方位 78°) |
| 月南中時 | 17:09 |
| 月の入り | 00:00 (方位 286°) |
惑星の出没
| 惑星 | 出 | 没 | 直近の惑星現象 |
|---|---|---|---|
| ☿ 水星 | 08:41 (88°) | 20:54 (271°) | |
| ♀ 金星 | 05:40 (70°) | 19:30 (290°) | |
| ♂ 火星 | 10:27 (99°) | 21:44 (261°) | |
| ♃ 木星 | 08:28 (86°) | 20:51 (274°) | |
| ♄ 土星 | 14:02 (114°) | 23:56 (246°) |
| 方位神 | 方角 | 影響 |
|---|---|---|
| 歳徳神 吉神 | 南南東 | 恵方。この方角は万事に吉 |
| 八将神 — 年の十二支で方角が決まる | ||
| 太歳神 | 北北西 | 伐木・土を犯すと凶 |
| 大将軍 | 西 | 3年間同じ方角。建築・引越に大凶 |
| 太陰神 | 東北東 | 嫁取り・移転に凶 |
| 歳刑神 | 北北西 | 建築・土を犯すと凶 |
| 歳破神 | 南南東 | 太歳神の反対。移転・結婚に凶 |
| 歳殺神 | 西北西 | 移転・旅行に凶 |
| 黄幡神 | 南南西 | 建築・伐木に凶 |
| 豹尾神 | 北北東 | 黄幡神の反対。旅行・移転に凶 |
| 金神 — 年の十干で方角が決まる | ||
| 大金神 | 西北西 | 年間を通じて凶方角 |
| 姫金神 | 東南東 | 大金神の反対方位。年間を通じて凶 |
| 遊行神 — 日の干支で方角が変わる | ||
| 天一神 | 天一天上 | 天にいるため方角の障りなし |
| 巡金神 | 北・北北東・東北東・東・南・南南西 | 日ごとに移動する凶方角 |
八将神・金神は年単位、遊行神は日単位で方角が変わります。歳徳神のいる方角(恵方)は吉。
現在時刻「2026/04/26 16:22:57」と「2751/09/01 00:00:00」との差
725年4月4日 3時37分3秒
年
725
ヶ月
8,704
日
264,928
時間
6,358,251
分
381,495,097
秒
22,889,705,823
9月1日は何の日?
記念日・年中行事
- 防災の日 — 1923年の関東大震災を忘れず災害に備えるため、伊勢湾台風の翌年1960年に閣議決定で制定された記念日
- 二百十日 — 立春から数えて210日目にあたり、台風の襲来が多い時期として農家の厄日とされる雑節
- キウイの日 — 「キュー(9)イ(1)」の語呂合わせからゼスプリインターナショナルジャパンが制定
できごと
- 1203年 仏師の運慶・快慶が東大寺南大門の金剛力士像の造立を開始した
- 1870年 普仏戦争のセダンの戦いでプロイセンが完勝し、フランス皇帝ナポレオン3世が捕虜となった
- 1904年 与謝野晶子が『明星』誌上で反戦長詩「君死にたまふことなかれ」を発表した
- 1911年 平塚らいてうらが女性文芸誌『青鞜』を創刊し「元始、女性は太陽であつた」と宣言した
- 1923年 関東大震災が発生し、死者・行方不明者10万人以上の未曾有の被害をもたらした
- ほか2件
誕生日
- 新渡戸稲造 (1862年)
- エドガー・ライス・バローズ (1875年)
- 幸田文 (1904年)